大三上・まひる(サイキックハーツ)
大三上・まひる
神薙使い × 霊犬
1月3日生 やぎ座
16歳 女
高校1年
身長:157.5cm 体型:普通 瞳:黒 髪:金 肌:普通(2014/2/6現在)
《詳細》
スポーツ万能の上の弟と頭脳明晰な下の弟を持つが、自分がかれらに比べて地味であることを気に病んでひきこもり、その末に闇堕ちしたところを、武蔵坂学園の灼滅者に助けられた。
自分の中のダークネスを恐れながらも、「自分に解放をもたらしたもの」という一面を認めており、『化生神・ヒルメ』と名前をつけて敬意を抱いている。
闇堕ちから助けられたのちに霊犬と出会う。名前は『ひとみ太陽神』。好きな歌手と歌のタイトルをくっつけて付けた。ネーミングセンスがうかがい知れる。
のちにウイングキャットに変化した。名前は『ネコ太陽』。どうしてもネコと太陽を入れたかったので、余分なものをすべて省いたらこうなった。
勉強もスポーツもイマイチだが手先は抜群に器用であり、プラモ作りや縫い物が得意と言う一面も。また、プロ並みと言うほどではないが歌が上手い。
高校デビューに失敗しており、以下のような特徴を持つ。
・コンタクトにしようと思うも慣れずにメガネをかけている
・髪型つんつん
・金髪
・厨ニ病サイフ
・眉毛が細い
・英語の入ったTシャツ
マルグレーテという女
かつてデンマークには、エストリゼンという貴族があった。
エストリゼン家の娘に、マルグレーテというものがいた。
その邸宅の庭師の息子に、同じくらい歳の少年がいた。名をシグールといった。
マルグレーテは庭を眺めるのが大好きで、庭の手入れをするシグールとは、顔を合わせる機会が多かった。
「これは何て言う花なの、シグール?」
「ハマナスです、お嬢様」
「素敵ね! でもあの紫の花も素敵だわ。あれは?」
「クレマチスです、お嬢様」
「あの黄色い花も可愛いわ!」
「あれはガーベラです、お嬢様」
「貴方が育てたの、シグール?」
「ええ、まあ……その……お嬢様に、喜んでいただきたくて……」
幼い頃から多くの時間をともに過ごした二人は身分の違いこそあれ、互いに惹かれ合っていた。若い二人の想いを留めるものは、存在しなかった。
しかし、幸せな子供の時間は何時までも続くものではなかった。
時が流れ、15になったマルグレーテは、父親から、お前は花嫁になるのだと言われ、嫁ぎ先を告げられる。
それは政略結婚に他ならなかった。若くとも貴族であるマルグレーテは、父の心は解っていた。
結論から言えば、マルグレーテにはそれが受け入れられなかった。
若さゆえの情熱、そして無謀から……シグールのもとを訪ねていた。
そして、駆け落ちしたのだ。
だが二人とも、身分を捨てて、居場所を捨てて、二人だけで野山の中で花を愛でて暮らしていく……なんて事は不可能なことだと思えるくらいには、大人であった。
若者二人、どこまでも逃げられるわけでもなく、かといって、かくまってくれる場所もない。当然追っ手は出されている。連れ戻されれば二人、二度と再開は叶わない……。
思い詰めた二人が出した結論は……
「生きて結ばれないのなら……生まれ変わって結ばれましょう」
約束を交わし、それぞれ自ら命を断つ事……。
人知れず山奥まで逃げ込んだ二人……
月だけが、二人を見つめていた……。
シグールが、先に自分の首を切った。
マルグレーテはその様に愛おしさを感じ、血に濡れたその亡骸に接吻した。
そして自らの首を掻き切った……。
二人の亡骸は重なり、そのまま永遠に覚めない眠りにつく。
そうなるはずだった。
…………マルグレーテは、驚愕と共に目を開いた……そう、目を開いたのだ……確実に自らの首を掻き切り、死んだはずだったのに……。
まだ暗黒の空に満月が君臨している時間……彼女は新たな自分としての産声をあげた……
……ヴァンパイアとして……。
過去、血族でそういった者が居たのか……はたまた満月の魔力がそうさせたのか……あるいは愛するものを失った絶望がそうさせたのか……真実は定かではないが、彼女が闇堕ちしたことは、紛れもない事実だった……。
そして、シグールは……最愛の男は……紛れもない永遠の眠りに着いていたのだった……。
マルグレーテは闇の眷属として生き、老いることもなく、人の世に出ることもなく……それから数百年の年月が流れた……。
彼女は一時たりとも忘れた事は無かった……。
来世の契りを誓った、愛する男のことを……。
そして現代。
サイキックエナジーの減少にともない、日本へと渡ってきた彼女は……己の運命の歯車が、動く音を聞いた……。
マルグレーテは、シグールと再会したのだ……。
否、それは勿論シグールではなかった……シグールは既に、亡くなっているのだから。
だが……その顔……その声……何気無い仕草……醸し出す雰囲気……そのすべてが、かつてのシグールを思い出させる……生まれ変わりとしか思えない……運命が自分と彼とを引き合わせたのだ……そう思わせるような少年に出会ったのだった。
その少年の名は、穂照・海と言った……。
対談 灼滅者 × ダークネス
頬を殴られた。
間髪を入れず、怒声が飛ぶ。
「何故あそこで止めを刺さなかった?」
海は栃木県に現れたと言うダークネス討伐の作戦に参加していた。
敵は羅刹だった。若い少女の姿をしていた。羅刹となってまだ日が浅く、そのため灼滅者8人で充分に対応できる相手と想定されていた。
しかし、結果的に勝利したものの、二人の重傷者が出てしまった。原因は、連携が繋がらなかったことにあった。武蔵坂学園の灼滅者達は着実に打撃を与え、優勢に戦いを進めていた。一斉攻撃の好機を掴み、そこで一気に畳み掛ければ勝負は決していた所だった。
しかし、海は味方二人の攻撃が決まり、攻撃の絶好の機会を得た所に、攻撃をしなかった。
逆に隙を作った海に、羅刹は反撃した。必殺の一撃だった。闇堕ちして日が浅いとは言え、その力は灼滅者をはるかに上回っていた。まともに喰らえば、海は即死していただろう。割って入ってくれた仲間のおかげで海は直撃を免れたが、その仲間は重傷を負った。
もう一人が羅刹に攻撃を仕掛けたが、体制を整えた羅刹に決定打を与えられず、さらなる反撃の機会を許してしまった。捨て身の攻撃に出た一人が重傷を負ったが、かれが羅刹の注意を引きつけたおかげで、再び攻勢に回った灼滅者達は何とか勝利することができた。
とは言え、想定を遥かに上回る被害を受けたことも事実だった。その責任が海にあると判断されたのは、自然な事だった。
「お前のミスで二人の重傷者が出てしまったんだ。この責任はどう取る」
年長の灼滅者が、殴られた頬をさすっている海を叱責する。
「相手が少女の姿をしていたから可哀想だとでも思ったのか?」
そう繋がれた言葉に海は肯定も否定も表さなかったが、内心は図星だった。
「あれはお前より遥かに力のある危険な相手なんだ。灼滅者なら羅刹のことぐらい知っていなければいけないだろう」
「……すいませんでした」
海は、やっとの思いで声を出した。
「まったく、遠足に来てるんじゃないんだぞ。俺達は灼滅者なんだ……ダークネスに対応できるのは、俺達しかいないんだ。その自覚がないなら、戦うべきじゃないんだよ」
他には誰も何も言わなかった。
無言のまま、武蔵坂学園へと送迎するバスに乗りこんでいく。重傷を負ったものは、五体満足な仲間に肩を貸され、痛みのせいでぎこちない動きでバスに乗り込む。海はその様子を見て、いたたまれない気持ちになった。
常人には無い力に目覚め、邪悪なダークネスに対抗する灼滅者たち……。
紛れもなく英雄的な存在だったが、しかし、その現実は厳しかった。
灼滅者たちを乗せたバスは、東関東自動車道を東京へと向けて走っていた。疲れきって眠るもの、車窓から外を眺めるもの、言葉を交わすもの、それぞれが思い思いの時を過ごしていた。
しかし、突如としてしばしの平穏は破られた。
轟音が響き、ぐらりと床が揺らいだ。バスの横っ腹に、暴走したトラックが突っ込んできたのだ。凄まじい重力がかかり、乗客達の体が軽々と吹き飛ばされる。
ちょうどそこで道路は崖に面しており、バスはガードレールを突き破って、崖を滑り落ちていった……。
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どれほど経ったか、海は目を覚ました。
奇妙な部屋だった。
天井と床が黒一色で、壁は白一色。窓がついているが、外は真っ黒で何も見えない。
誰かがピアノでバイエルを弾いている。部屋の真ん中にはピアノがあった。ピアノを弾いているのは、黒い猫だった。
それが、海が目覚めて最初に見た風景だった。
「目が覚めたかね。」
猫が、海に向かって話しかけていた。
「ふむ、なにやら驚いた顔をしているようだが、私はどのような姿に見えるかね?」
答えを待たずに、猫は続けた。
「ここは君のソウルボードだ。私の外観は君の印象そのままを表した姿になる。私がそのようにした」
「君のソウルボード……ということは、貴方は僕のソウルボードにもともといなかった存在、つまり侵入者ということですか」
海はその猫に対して、無意識のうちに敬語で話していた。年上の人のような、敬意を払わなければいけないと感じさせる一種の威圧感のようなものを、猫から感じたからだ。
「正解だ。私は君のソウルボードに侵入したということになる。
……私は一般的にシャドウと呼ばれている存在だ。君なら知っているだろう?」
「黒猫がシャドウだなんて冗談がきつい」
それを聞いた海は身構えた。シャドウだと言った猫は、その必要はないというふうに量前足をひらひらと振って見せた。
「ふむ黒猫か、不吉の象徴というわけだな。君は最初から私を無意識のうちに警戒していたようだね。さすがは戦士なだけある」
余裕のある口調でそう言った猫に対し、海はゆっくりと猫に近寄った。
近寄って……頭を撫でた。
心地良い毛の感触、猫の温もりが手に伝わってくる。掌で撫でられると、猫は目を細め、喉を鳴らし始めた。
「やめたまえ」
「すみません」
言葉だけのおざなりな謝罪を返し、手を引っ込める。
「君は何か、自分の部屋に猫が遊びに来て欲しいという願望でも持っているのかな」
「いや……よくわかりませんが、そんな気も……」
「あくまでも平常心を装うつもりか。だが私は知っているぞ、君が終始何かに怯えていることを」
その言葉は核心を突いたものであった。海は返事を返さなかった。その通りだった……常にあの影を恐れている。目の前にいるシャドウよりも、あれが今も自分を見ているのではないかという幻想の方が恐ろしいのだ。
マルグレーテ。
常に自分を狙っているダークネスのことが。
「君は闇堕ちすることを恐れている。違うか?」
「何が違うか? ですか。ダークネスならばわかるでしょう」
「人の闇堕ちに対する感情は千差万別だ。君には君の感じ方があるだろう」
海は、動揺を隠せていなかった。自然と動悸が早くなっている。ダークネスに自分の弱味を握られる……その事が恐ろしく思えた。
「私がこれからする話が、君の恐れを払拭する助けになればいいのだが」
「何がです」
「聞いてくれるかね? 君は紳士だから私の話を遮ったりはしないだろう」
海は確かに動かなかった。しかしそれは礼儀に叶っているからという理由からではなく、一人でシャドウに不用意に仕掛けるのは危険だと判断したからだ。
「そういう事を言われても嬉しくありませんよ。とくに自分はシャドウだと言っている相手には」
「まあそう言うな。では遮られる前に質問しよう。
『ダークネス』とは何かね?」
海は質問されたことで、質問の答えを自然に考え始めた。何しろその問いは、始めてダークネスのことを知った時から考えていた問いだったからだ。
「……人類の敵」
「では、なぜそう思う?」
「なぜって……」
「武蔵坂学園でそう教えているから。あるいは、自分の大切な物を奪ったから。または、自分の仲間の、大切な物を奪ったから。……そうではないかな?」
海は、言おうと思っていた言葉を先に言われたので焦った。
「それならば穂照君、おおむね正解だ。よくできました」
「……ふざけているんですか?」
「いやいや、模範回答をありがとうと、純粋に褒めているんだよ。
ところで……君ならダークネスの組織が複数ある事は知っているね?」
「それくらいは」
「そして、組織ごとの目的も同一ではない。ここまでは容易に想像がつくだろう」
海は答えなかった。
「沈黙は肯定と見なそう。そうなのだ。そして、行動理念もまた違う。人類の敵たろうとするダークネスもいる。大半がそうだ。
……しかし、そうでないものも存在する」
海はすでに聞き入っていた。しかし、自分ではその事に気がついてはいない。
「結論から言うと私は人類の敵になろうとは思っていない。人類の敵ではないダークネスもいる」
「人類の敵ではないダークネスとは何ですか?」
そう言ってから海は、あまりにも普通に質問している自分に驚いた。じぶんは、いつの間にかこのシャドウと……会話している。
「いい質問だ、穂照君。これからそれを述べようかと思っていた所だよ。
私はこう考えている。……ダークネスは人類の進化系だと」
海は否定も肯定もしない。話を聞く姿勢だ。
「個体として限界のある人類を越えた存在、それがダークネスだ……君なら知っているだろう、人類の分割統治をダークネスが完成させた、と」
そして1600年代前半。東インド会社や徳川幕府の設立をひとつの象徴として、彼らは、複数のダークネス種族による人類の「分割統治」を完成させました。
海は武蔵坂学園で教えている、ダークネスの歴史についての知識を思い出していた。
「たとえば江戸幕府だ。江戸幕府が出来る前は朝廷が日本を支配していたわけだが、時間が経つごとに朝廷の政治は腐敗していった。そんな支配体制では人々が幸福に暮らせない……だが江戸幕府の支配のもと人々は幸せに暮らす事が出来たのだ。
そして東インド会社とて、人間社会に新しい可能性をもたらした……私の言いたいことがわかるか?
ダークネスには普通の人間に出来ない事が出来、ダークネスの支配は人間社会に利益をもたらす、ということだ。
……どう思うかね、穂照君?」
海は答えない。
「しかし悲しいかな、人間の不幸を願うダークネスは多い。じっさい、多くのダークネスは人類の敵だ。
君ら灼滅者が彼らに対抗しようと考えるのも当然の事だ。……しかし、君らには無理なのだ」
海は眉を潜める。その反応を見て、猫は満足気に語った。
「ダークネスの絶対数がどれくらい居ると思う? 君らより多いか? 少ないか? 少ないということはあり得ない。歴史が違うのだ! 灼滅者という概念が生まれたのはほんの近年、対してダークネスは潜在的には人類の発祥の時から存在していたのだ。
加えて灼滅者は意図的に生み出す事は出来ない。その上、個体での戦闘能力ではダークネスに敵わない。
数でも質でも劣るのでは、戦いにならないということはわかるね?」
ここまで言って猫は、声のトーンを落とし、ここから先は重要な点であることを示した。
「いいかい……ここからが本題だ。
本当にダークネスに勝とうと思うなら、ダークネスになるしかない。
いくら数を集めたところで、中途半端な存在である君らでは、せいぜい一握りの人間を救うのが関の山だ。
それでは対処療法でしかない。根本的な解決にはつながらないんだ。
武蔵坂学園はむしろ、ダークネス適性の高い人間を集めてくれる、ダークネスにとっては都合のいい機関でしかない。
ダークネスの支配から人類を解放する、なんてことは、学園にはできないんだよ……」
ここまで言って猫は、一息ついた。
「そして、正しいダークネスによる理想的な支配のもとで、人々は幸福な生活を送れるのだ……かれらは支配されることを苦痛と思わず、喜びと感じるであろう……。
世界を導くのは、正しい心と強い力を持った……ダークネスだ。資格ある、ダークネスによる世界の支配……それが、本当の人々にとっての幸せなのだよ。
穂照君、君も闇堕ちというものを少しは考え直してみてはいかがかな?」
「……」
なでなで。
ごろごろ。
「やめたまえ」
「すみません」
猫も始めは無抵抗で撫でられるのだが、少しすると理性を取り戻して紳士っぽくふるまう。
「僕は闇堕ちというものが、どういうものか知っているつもりです……そんなものを経験して、まともでいられるとは思えない」
「穂照君、ダークネスも君の一部分だ。自分を恐れてはいけないよ。自分の認めたくない所を認めてこそ……本当の自分になれるものだ。もっとも、実際にそれができるものは限られているがね……私は君ならそうなれると信じている。
さて、ここらで小休止しようか」
猫はそう言ったきり、ピアノに面している椅子から飛び降りて、ピアノの下に潜り込んだ。
海はそれを追いかけてピアノの下を覗くが、すでにそこにはいない。ピアノの反対側まで視線を動かしても、姿は見えない。
「どこへ……」
「10分間の休憩としよう」
ピアノの脚の影からひょっこり顔を見せて、すぐ消えた。
海はそこに近寄ってピアノの脚の反対側を覗いたが、そこには猫の姿はなかった。
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休憩と言われてもすることもないので、海は部屋から外に出てみた。そもそも、あの猫は何で自分にあんな話をしているのだろうか……シャドウだと自分で名乗っておいて……。
部屋の外は意外にも、自分の知っている風景だった。今現在住んでいる、吉祥寺の街並みだった。
街を歩けば、大勢の人が行来している。
大通りから逸れて、細い路地へと差し掛かった。こういう狭い道を歩くのは、意外な店がひっそりと営業しているのを発見することがあって、好きだった。
しかし、そんな平和な散策はすぐに打ち切られた。
突如として暴力的なエンジン音とともに車が前方から突っ込んできたのだ。狭い道とはいえ車道であり、車が通るのは普通の事なのだが、問題はそのスピードと、経路だった。
衝突音とともに、叫び声があがった。宙を人が舞った瞬間を、海は目にしてしまった。一人を跳ねても車はまだ暴走を続け、さらに二人、三人と轢き、五人を轢いた所で海に迫った。海は慌てて背中を向け、逃げ出した。
激しい激突音とともに、ガラスが割れる音がした。車は電柱に正面から衝突して止まり、ボンネットから黒煙をあげた。
周囲からは呻き声や叫び声がいくつも響き、パニックを起こしていた。轢かれた人はまだ生きており、苦悶の表情を浮かべて、天を凝視していた。無事な人達も、ただ事ではなかった。何とかして怪我人を助けようとするもの、電話で助けを呼ぶもの、恐ろしくなって逃げ出すもの、ただ叫ぶことしかできないもの、叫ぶことすらできずに立ち尽くすもの……平和な街並みは、一瞬にして地獄と化した。
「何でだーーーーッ!」
天に向かって叫ぶ一人の男が、海の目に止まった。16、7歳程の若い男だ。同じ位の年頃の少女が、彼の腕の中で、血を流して動かなくなっていた。
「おまえがいなけりゃ……おれはぁーーッ……ああーーーッ!」
辛うじて言葉として聞けるか聞けないかというほどの凄まじい咆哮をあげながら、涙を流して頭を振り乱していた。彼の腕の中の少女はそれに応えずに、目を閉じて動かなかった。
「なんでこんなことに……ふざけるなよ……なんで、なんでこんなことに!! 認めない、認めないぞ、こんな世界! こんな世界なんて無くなってしまえばいい!」
呪いと断罪の言葉と共に、男の体に異変が起きたのを、海は認めた。
その体から異様な光を放ち始めたと思うと、それは炎となって、男の全身を包み込み、激しく燃え盛った。海は、それに似た現象をよく知っていた。
ファイアブラッド。
自分のポテンシャルでもあるファイアブラッドの特徴に、非常によく似ている……だが、違う。
より、暴力的な炎だ。
ふいに閃光が起こった。凄まじい衝撃とともに爆音が起こった。炎が車に引火し、爆発したのだ。方々で悲鳴が起こり、場の混乱はさらに増した。
爆発で車の燃料が飛び散り、辺りは炎に包まれた……その中央で、女を手に抱いて立ち尽くし、天に向かって叫んでいる一人の男……まさに、地獄絵図であった。
海はこの上無く嫌な予感がしていた。間も無くそれは確信に変わった……自分は今、闇堕ちの現場を目撃している。
男が叫び声をあげるたびに、それに答えるように炎が燃え広がり、無差別に人を襲っていくので、それとわかった。この男は本当に、世界の全てを焼き尽くそうとしている。
止められるのは自分しかいない。
「止めろーーーっ!」
海は懸命に声をあげた。男はまるで意に介さない……海は仕方ないので走りより、その肩に手をかけた。
「邪魔をするなあ!」
凄まじい腕力で振り払われ、彼の攻撃的意思がそのまま炎となって、海を襲った。
「いま俺は誰の言葉も聞きたくない! ぜんぶ焼くんだ! ぜんぶ!」
「駄目だ! そんな事をしたら、キミは人でいられなくなる!」
「うるせぇよっ! 燃えちまえ!」
「止めるんだ!」
男はイフリートに変わりつつあるように海には見えた。彼の体を包む炎は、獣じみた暴力的なフォルムに見える。
迷っている暇は無かった。
「イメ・ミ・エレボス・フィロス!」
解除コードを口にし、スレイヤーカードのロックを解除する。刃渡り60㎝ほどの解体ナイフが、手元に現れた。
「はぁッ!」
最大の力を込めて、紅蓮撃を放った。血のように紅く染まった刀身が、獲物を求める。
右腕を狙ったそれは、過たずに突き刺さった。だが、その瞬間、傷口から炎が吹き出し、海に吹き付けた。
思わず仰け反った海に、いつの間にか女を手放していた、男が拳に炎を纏わせて殴りかかってきた。
それは『レーヴァテイン』だったが、自分のそれよりも遥かに強力だ。
しかし、海の視線がはっきりとそれを捉えた。上半身を前に倒し、直撃を免れる。相手は怒りに任せて一撃を放ったせいで、体制を崩している。海は、そこにギルティクロスを放った。
衝撃波は海にたしかな手応えを感じさせた。海は距離を開け、二発、三発とギルティクロスを叩き込んでいった。
成り掛けのイフリートは苦痛に全身を震わせるも、咆哮をあげて掴みかかってきた。海は近づかせまいと足元を目掛けて斬りつける。
解体ナイフの刃はたしかに目測を過たずに太腿に食い込んだ。しかし、男はひるむことなく、両手で海を掴んだ。
両掌から凄まじい高温が発され、海の皮膚を焼いていく。敵の体に触れて放つ、至近距離での『レーヴァテイン』だ。
海は相手の両腕を掴み、退けようとしたが、相手の力が上回っている。このままでは、全身を焼かれて死んでしまうのも、時間の問題だった。
『ダークネスに勝てるものは、ダークネスしかいないのだよ』
あのシャドウの言葉が脳裏に再現された。その言葉が、実力差を見せつけられることで真実味を帯びてきたように思えた。やはり灼滅者では、ダークネスには敵わないのか……。
その時だった。突如として、男の頭が視界から消えた。横から凄まじい衝撃が加わり、猛スピードで吹っ飛んだように海には見えた。
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「無事かしら?」
上品な女の声が聞こえた。海は、自分の耳を疑った……その声には、聞き覚えがあったからだ。なぜなら、その声の主を、非常に恐れていたから……。
「マル、グレーテ……」
「あれは貴方の抱いているダークネスのイメージよ」
マルグレーテがそこに居た。その視線の先には、さっきまで海の両肩を掴んでいた、イフリートのなりかけの姿があった。
頭が四散していた。至近距離から、この美しき女ヴァンパイアのギルティクロスを食らったのだ。
「貴方の場合、私という実例を知っている分、ダークネスの強さをある程度リアルにイメージできていた様ね……でも、本物ほどではないわ」
「どうして、ここに……」
「今に限っては、貴方に用があったわけではないの」
そう言ってマルグレーテは、海に親しげな笑みを見せた。
「……あの泥棒猫の言うことを間に受けては駄目よ。彼は、ただダークネスを増やしたいだけ。そのために、ある事ない事吹き込んでるにすぎないわ」
「なぜ……そんな事を……」
「あら、ダークネスが人間の心配をするのが可笑しいのかしら?」
自分でもそれは可笑しいという風に、マルグレーテは笑った。
「ともかく、奴はペテン師よ」
「おやおや……困ったお嬢さんだ」
あらぬ方向から、大人びた男性の声が聞こえた。だが、声の印象に反して、そこにいたのは一匹の黒猫だ。
「こんな所に何の用だね? 急に隣人愛にでも目覚めたのか、神の声でも聞いて」
「そういう冗談がかっこいいとでも思ってるのかしら? とんだナルシストね」
マルグレーテはそう言うと、海をかばうように前に立った。
「逃げなさい。私がこいつの相手をする」
「何を……」
「ここは貴方のソウルボード。貴方が望んだ所に行けるわ。
相手は本物のダークネス、貴方の敵う相手じゃない……」
「何をごちゃごちゃ言っているのかね」
「行きなさい!」
マルグレーテが海の肩を押した。海は、その勢いのまま回転し、困惑しつつもそのままわき目も振らずに、走った。
「なぜ、彼を逃がすのかね? ダークネスが増える事は、君にとっても損になる話ではないはずだが?」
「彼を私の手で闇堕ちさせられないのなら……いっそ人のままでいてくれたほうがましだわ」
「そうか……彼は君の獲物という訳か……だが、私を怒らせてまで、そうする必要があったのだろうかね!」
地面が、震え出した。
突如としてマルグレーテは気が遠くなった……
若干の眩暈とともに、マルグレーテは突如ソウルボードから現実世界へと帰ったことに気づいた。そして、目の前に、闇に閉ざされた空間が存在していることに気づいた。
ヴァンパイアであるマルグレーテにとって、闇は恐怖の対象ではなかった。しかし、その闇は通常のそれとは明らかに異質だった。明確な敵意をこちらに向けている、質量を持った闇だった。
そこから、湿り気を孕んだ断続的な破砕音をたてて、脚の多い節足動物のような、長い先端の尖った脚が何本も伸びてきた。続いて円筒状の胴体が姿を現す。どこか巨大な海洋生物を思わせるフォルムだった。胴体のてっぺんに人間の顔をこれ以上無いほどに冒涜的に描いた仮面が乗っており、その真下には、毒々しい赤紫色のハートマークが光を発している。
「貴女がそれを望むのであれば、お相手して差し上げよう!」
複数の声が喋ったかのような歪な声が、マルグレーテに宣戦布告した。それは穂照・海のソウルボードで対峙したものの声に他ならなかったが、その姿はまるで違う。
ダークネスであるマルグレーテも、この光景には息を飲んだ。実体化したシャドウと対峙するのは、彼女も初めてだった。
しかし、彼女はそれに対してひるむ事なく、笑みを浮かべていた。それは、彼女自体が意図したものではなく、自然とこぼれたものだ。
「ほう……何故、笑っているのかね」
「笑っている……私が? そうね、それは、嬉しいのよ……愛する人のために戦えることが」
人ならざる異形の力。人外の存在となって百年をゆうに越える歳月を過ごしてきた彼女だったが、初めてこの力を誇らしいと、彼女は感じていた。
(シグール……。)
愛する人の名を、彼女は思い浮かべた。
それは、かつて人であった時の記憶。
彼の面影が、今の彼女の存在意義だった。
「あなたを、倒すわ」
異形のダークネスを前に、マルグレーテは雄雄しく宣言した。
「やってみるがいい。貴女ごとき無名のヴァンパイアが、この私に勝てると思わぬことだ」
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海は必死に走った。
やがて、彼の目には、見知った風景がみえてくるようになった。
武蔵坂学園・吉祥寺キャンパスの正門が、そこにある。海は死に物狂いで走り、正門をくぐって……学園へと入った。
そこで、目が覚めた。
「気がついた……!」
空が見えた。誰かが、自分の顔を覗き込んでいる。自分はどうやら倒れているらしいことに、海は気づいた。
「良かった……穂照さん……」
同じく武蔵坂学園の生徒らしい少女が、安堵のため息と共に海の胸に崩れ落ちた。周りには同じく安堵する声や、喜ぶような声も聞こえた。
周りには、同じ依頼を受けていた仲間の灼滅者と、そうではない顔もいた。
そこは武蔵坂学園ではなかった。羅刹と戦った場所から東京へと戻る道の途中の、崖の下に広がる森だった。
あとになって聞いた話では、海達が羅刹退治の依頼を受け、出発したあとになって、エクスブレインが一つの予知を受けた。羅刹退治の後、何者かの襲撃が起こる、と。
慌ててフォローのためのメンバーが編成され、彼等の活躍によって全員が救助された。海が目覚めた時には、すでに全員が救助されていたらしい。
しかし、襲撃者はいまだ見つかっていないのだった……。
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次の日からは、いつも通りの平穏な学園生活が始まった。
海は、教室の窓から校庭を眺めていた。六限目が終わり、夕日に染まったグラウンドで、運動部がウォーミングアップを始めている。平穏な、当たり前の学園の風景だ……
あれ以来、マルグレーテに遭うことはない。灼滅者が会ったという話も、またエクスブレインが予知したという話も聞かない。シャドウについても同様だった。
……ダークネスに命を助けられた。それも、自分の家族を殺した宿敵に……。
それは、何を意味しているのだろう?
助けられたからと言ってダークネスを許容できるというわけではない。
しかし、単純に人類の敵と一言で言ってしまうには、あまりにも……複雑だ。
ダークネスとは……何なのだろう。
灼滅者とは……何なのだろう。
海は学園で習ったはずの問いを、虚空に投げかけたが……
その問いに応えるものは、無かった。
闇の中に誘うもの
女は静かに笑った。
そして言った。「お久しぶりね。」
その口調は場違いなほどに穏やかだった。
妖魅が出歩く危険な夜には場違いなほどに。
「会いたかったわ……私は、貴方に会いたかった。」
女は笑みを浮かべて、海に歩み寄った。
海は無言で女をにらみつけると、イメージの中でボンベの栓を緩めた。
左手から炎が迸り、それは女へと向かって放射される。
しかし、女は右手を軽く払っただけで、その炎を四散させてしまった。
海は力の反動を感じた。
まるで、反対側から力を加えられたから中身の噴出を止められたかのように感じ、炎が出せなくなった。
「怖がらなくてもいいのよ、穂照 海。」
女の声はあくまで優しかった。
だが、海は気を許さなかった。
右手に握った解体ナイフに意識を集中させる。
それは威圧感に抗うように、刀身を緋色に染めた。
熱を帯びた刃が振るわれる。
しかし、それはまるで軌跡が読まれているように避けられる。
闇を裂いて、緋色の弧が幾度も描かれるが、それは敵を傷つけることはない。
ふいに女が突然近づいた。
ナイフを持った右腕が握られる。
同時に女の顔は、海の顔に近づき……
そのまま愛おしげに、唇が重ねられた。
ナイフが地面に落ちて音を立てた。
ふたりは至近距離で、お互いを見詰め合う。
その顔は、意外なほどに若々しく、人間離れした白さと紅い髪、血のような瞳を除けば、二十歳か、それ以前の、若く美しい西洋人女性のそれだ。
海は、陶器のように白い首筋に赤い筋があるのを見た。ちょうど首を鋭利な刃物で切ったように。
女吸血鬼は海の頬を両手でつかみ、長いくちづけを交わした。
海は全身から力が抜けるのを感じていた。それは快楽もあったが、不可解な気持ちと、恐怖からくるものであった。
「あなたが、欲しい。」
女は顔を離すと、海の耳元でささやいた。
突如として、海の首筋に痛みが走った。
歯がたてられ、吸われる感覚があり……だが吸われた血は、すぐに吐き出された。
「血は私と同じ」
ヴァンパイアは生物の血液を啜ることで、生命維持エネルギーを得るが、それはヴァンパイアとダンピールの血からでは得られない。
海は彼女の言葉を聞いて、自分は人でなくなってしまったのだと実感した。
「なのに、どうして心は人のまま?」
女は海を愛しげに抱きしめる。
海は女に身をゆだねるどころか、抵抗した。
だが、女の力は圧倒的に海を上回る。
ダークネスの力は、基本的に殲滅者を遥かに上回るのだ。
「あなたはどうして、人のままでいられるの?」
そう聞いた女の言葉には、切なげな響きがあった。
「すべてを亡くしたのに。居場所を失ったのに。
あなたの大切な人も、あなたを大切に思う人も、もうこの世にはいないのに。
すでに人ではない力すら、扱えるというのに。……なぜ、人のままであろうと願うの?」
女が一瞬、迷うのを感じた。
海は女の腕の中からすり抜ける。
「僕は人だ。人であることを捨てはしない」
そう言ってから、地面に落ちた解体ナイフを再び拾った。
刃はもう一度、その存在を誇示するかのように緋色に光った。
その瞬間、巨大な逆さ十字が、海の視界に飛び込んで来た。
無数の刃物に切り裂かれるような鋭い衝撃が走り、後方へと吹き飛ぶ。
仰向けに倒れた海に、女はゆっくりと近寄った。
「あなたはすでに人ではない。
私と同じ存在でもない、中途半端な存在。
"灼滅者"などと呼ばれてはいるけれど、実態はダークネスのなりそこないにすぎないのよ。
そんな貴方が、懸命に人であろうとしたところで……無駄な足掻きでしかないわ。」
「それでも、僕は!」
海の全身が、閃光のごとく輝いた。
「僕は僕であり続ける。
何を失おうとも、人としての証だけは守り続ける。これは最後に残された、僕が僕である証なんだ。だからお前の思い通りにはならない。
呪われた運命など、否定する!」
その右手が突き出されると、闇夜を切り裂いて火が走った。
……だが、その迸りも女の手のひらに止められた。
「……馬鹿な人」
闇夜に、女の艶やかな笑い声が響き渡った。
「良いわ。そうして力を使って抗うことは、すでに人でない証。」
月光に照らされて、陶器のような白い肌が妖しく光る。
女は笑った。それはさながら年頃の娘が嬉しそうに笑うのに似ていたが、抱かせる印象は驚くほどに違う。異界の美とも言うべきものであった。
海は反対に、嫌悪に顔を歪めた。
「力に頼るというなら、もう一度絶望させてあげましょう……あの時のように」
女のその言葉を聞いた海の中で、何かが弾けた。
ナイフを握りなおすと、それは激しく輝く。怒涛の如き勢いで、刃を繰り出した。
「あなたが頼りとするものは、すべて失われるわ」
女ヴァンパイアは言葉だけを残して後方に下がり、それを巧みに避けた。何度も刃は繰り出されるが、それはことごとくかわされる。
「何を得ても同じ」
一瞬の隙を突いて、女は側面にまわりこんだ。右手が突き出され、触れただけで海は吹き飛ばされる。
「何を信じても同じ」
地面に倒れ付した海の眼前に、瞬時に女が現れる。
「弱者であることからは逃れられない。」
凄まじい力で持ち上げられ、投げ飛ばされた。公園の木に激突する。ほぼ同時に、その首に手がかけられた。
「そうして終わらない悪夢をいつまでも見続けるの。」
女は顔を寄せた。
「まだ悪夢を見続けたいの? 私と一緒に来れば、解放されるのよ?」
海は苦痛に顔を歪めながらも、首を横に振った。
「なら全てを奪ってあげる。私のことが受け入れられないのなら、それ以外の全てを壊すわ。
聞きなさい、いくらあなたが武蔵坂学園に入っても、その場所はやがて消えうせるわ。
貴方達がいくら集まろうと、ダークネスには勝てない。
サイキックアブソーバーとて、すべてのダークネスを掃討することはできないわ。
私たちは誰の心の中にも居るのだから。
やがて誰も働くことのできない夜が来る。
希望は、潰えるのよ。
あなたが人であろうとする限り苦しみは続く。なぜなら、あなたの半分は欲しているからよ。墜ちることをね……。
けれど、その半面で人であろうとする。
相反する二つの力がせめぎあっているから、苦しいの。
人と闇(ダークネス)の境界で留まっている、境界人(マージナル・マン)。
それは賢いあり方とは言えないわ。
愚かなことなのよ?
だから、闇に墜ちなさい。拒む術なんてないのよ?
さあ……私のもとへ……」
女は海の衣服に手をかけた。
「ああ……海……」
海の白い肌があらわになる。
女は艶やかなため息を漏らした。自分もまた、衣服を取り払う。
女の肉体は、海の肉体を激しく求めた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「……そろそろ頃合ね」
東の空が白く染まり始めていた。
ふたりの夜は長く、そして女は求められるだけ海の肉体をものにした。
「楽しかったわ。けれど……」
女の顔は寂しげであった。
「あなたの魂は、私を受け入れない…………」
海は一晩中、何も言葉を発さなかった。
「でも、忘れないで。あなたの中には、すでに私が居る。」
それから女は長いくちづけをした。
「私は、マルグレーテ。教えておくわ。
いつか親しみを込めて呼んでくれるように。」
やがて日光が増して、女の姿に重なった。
「またいずれ、会いに来るわ。」
日光に照らされて影が消えるように、マルグレーテと名乗った女の姿はかき消えた。
……井の頭公園には海だけが残された。
呆然とした意識の中、魅入るように、登る朝日を見ていた。
「…諦めない」
かすかな声で、海は呟いた。
古代では夕に日が沈んでも、翌朝にまた登る様子に、永遠を見たという。
いずれ夜は明ける。
どれだけ人の心が"闇"に脅かされようと、いつかは……。
闇を裂く、緋色の刃
武蔵坂学園に入学してからは、平穏な時間が流れた。
家族をなくす以前の穏やかさを取り戻し、クラスメイトやクラブの仲間ともうまくやっていた。
それは、普通の学生となんら変わらない青春のひと時だった。
自分の居場所が欲しいという、海の欲求は叶えられたのだ。
だが、灼滅者は、決して普通の学生では、ありえなかった。
日本各地で起こるダークネス絡みの事件。
それに対応できるのは、灼滅者しかいない。
学園の頭脳、エクスブレインがキャッチした情報を元に、灼滅者たちは戦いへ身を投じていく。
それが彼らの、青春の風景だった。
だが、海は積極的にそうはしなかった。
クラスメイトの一人が、海に何故戦いに志願しないのかと聞いたことがある。
海はこう答えた。
「僕の力は、家族を殺した奴の力だ。
家族を殺した奴に近づいてしまうのが怖くて、力を使いたくない。」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
夜の井の頭公園を、海は歩いていた。
一人の女学生が、前を歩いていた以外には、誰もいない。
静かな夜だった。わずかに虫が鳴いている以外には、何も聞こえない。
そう、何も聞こえなかった。
そんな中だった。何の前触れもなく、空中に異様なものが現れたのを、海は見つけた。
長さ1mはあろうかという目玉紋様が空中に浮かび上がり、紫色に妖しく輝いていた。
模様は妖しく明滅し、また大きさや形を変えたりしていた。海には何かの信号を送っているかのように見えた。
ふと、我に返った。
前を歩いていた女学生が顔を上げて、それに魅入っている。
海はとっさに走り出した。
女学生の肩を掴み、揺さぶる。
「それを見ちゃいけない!」
ひっ、と叫んだ女学生は、それまで完全に我を忘れていたようだった。
海は有無を言わさず女学生の手を引き、その場から離れる。
公園の出口まで走る。 目玉は、その形を不気味に変形させながらこちらを追い駆けてきていた。
幸い、それは一つだけだった。追い駆けてくる目玉は逃げ切れないほど早い。公園の出口まで何もないのを確認した会は、女学生の手を離した。
「はやく逃げるんだ!」
海がこう言うと、おののきながらも何とか頷いて、叫び声をあげて逃げていった。
振り向き、目玉と向かい合う。
それは確かに何らかの催眠作用がある模様だった。「タトゥーバット」という名の眷属だ。闇夜に浮かび上がるように光る目玉紋様が羽にある、巨大な蝙蝠である。
いつのまにか増えていた。最初にいた一匹だけでなく、今は左右に一匹ずつ増え、包囲するように三対の目玉が海を見つめている。
それは逃げて行った女学生には目もくれずに、海のほうへと近寄ってきた。近寄るにつれ、甲高いキィキィと言う鳴き声が聞こえてきた。海の耳には心なしか、それが宣戦布告に聞こえた。
灼滅者は闇堕ちしやすいことから、ダークネスの標的にもなりやすい。灼滅者にとって、襲撃は日常で十分ありうることなのだ。
力は使いたくなかった。だが、今は止むを得ない。
海は覚悟を決めた。
腰に下げていた解体ナイフを抜く。
まず距離を確認する。どちらもナイフの間合いの外だ。
海は、心の中でイメージを浮かべた。密閉されたボンベの栓が開けられるイメージだった。
ボンベが開くと、現実に海の左掌から炎が巻き起こり、闇の中に緋色の光が舞った。
ファイアブラッドのサイキック、「バシニングフレア」だ。海は掌を敵の方に向けると、イメージの中でボンベをさらに緩め、火力を強めた。
噴き出す炎が、敵を凪いだ。
蝙蝠の眷属は一瞬怯んだが、素早く反応し、散会した。
右から、耳をつんざくような音が聞こえた。いや、聞こえたと言うより、それは鼓膜に襲い掛かる音の暴力、鋭い超音波の刃物だ。それ自体がダメージとなる。
顔をしかめつつ音が飛んできた方に向き直り、解体ナイフを構え直す。
(一体ずつ対応するべきだ)
そう考え直した海は、右手に握った解体ナイフに意識を集中した。
ナイフと言うにはあまりに長い、刃渡り60cm余りのそれに向けて、イメージのボンベを開く。
サイキック、“レーヴァテイン”。
刃は熱を帯びて緋色に輝いた。
蝙蝠は超音波を発しつつ、目玉紋様を大きく広げた。視覚と聴覚に訴えかける異様な攻撃、常人ならば一瞬で発狂してしまうだろう。だが海は強く息を吐くと、精神力で耐え、しっかりと敵の姿を見据えて跳躍した。
熱を帯びた緋色の刃が、闇夜に弧を描いた。
空中でのすれ違い、着地し残心の姿勢をとる。蝙蝠の羽は片方が真っ二つに斬られ、断面から染みが広がるように、炎の線が広がり、全身を黒く焦がしていった。
(まずは一匹)
他の固体に備えるべく、視線を巡らした。―驚愕した。四方に、計八つの不気味な瞳が浮かび上がり、あざ笑うように漆黒の闇夜を漂っている……悪夢のような光景だった。
どちらを向いても瞳の紋様が目に入る。長時間見ていれば、意図的に見ようとはしていなくても、精神を犯されてしまうかもしれない。
海はあえて踏み込まず、代わりにその場の地面を強く踏みしめた。
一瞥。同時に、刃が空を舞った。
それは遠目には逆さ十字に見えただろう。
血のように赤い逆さ十字が、海の体から発され、それは離れた距離に飛んでいた蝙蝠の一体をバラバラに引き裂いた。
海は己の精神を、「闇」へと近づけていた。
心の闇の中に在る背徳の力の顕現、『ギルティクロス』が解き放たれたのだ。
海はさらに一発、二発、三発と撃っていった。逆さ十字の衝撃波はいずれも敵の身体を過たず捕らえ、異形の蝙蝠を物言わぬ肉塊に変えていく。
力なく地面に落ちた蝙蝠の羽からは、禍々しく光る目玉紋様が、音もなく消えていった。
四発目を放つ。しかし、蝙蝠はここでひらりとかわすと、高速で飛びまわり、海の視界から一瞬消えかけた。
海は尋常ならざる集中力でこの軌道を読み、自らも翔けた。
解体ナイフを逆手に構える。
手に伝わる、しっかりとした刃物の重量感は海の暴力的衝動を刺激した。
飛行する敵の行く先へと最短距離で走る。
一瞬開いた目玉紋様をたしかに捉え、跳躍する。
地面へと落下する勢いとともに振り抜かれたナイフはタトゥーバットの胴体に深々と突き刺さり、その勢いで地面へと叩きつけ、地面に磔になる形になった。
海は瞬間的に、嗜虐的な欲求が湧き上がった。
そして、力はその欲求に答え、刃の色を緋色に染めて行く。
"燃え滾る血"とは違う、もうひとつの力の根源、"闇に属するもの"の力だ。その顕れは、炎ではなく血に似た色で刃を染め上げた。
ダンピールのサイキック、『紅蓮斬』。
ゆっくりと、味わうように、ナイフが相手の血を啜る。
最後の一体のタトゥーバットは、苦悶の表情を浮かべ、しばらくビクリ、ビクリと動いていたが、やがて完全に動きを止め、目玉紋様も掻き消えた。
肩で息をした。
しばらく歩けないほどの、疲労感があった。
その時、視線を感じた。視線だけだというのに、ひどく冷たい。心が凍てつくような心地がした。
首をめぐらせ、ゆっくりと振り返ると、そこには、月明かりに浮かび上がるようにして、一人の女が立っていた。
闇のように黒い衣服、雪のように白い肌、血のように紅い髪。
海の脳裏に、血まみれになった部屋の光景が浮かび上がった。
血だまりの中で、父と、母と、二人の弟が死んでいる。
忘れるはずもない。
その女こそ幼い日に海の家族を殺した、あの女ヴァンパイアだった。
否定と拒絶の焔
夜だった。
床はフローリングで、壁紙の色は白。どちらにも、ぶちまけたように紅のもので染まっていた。
鮮血。
おびただしいそれに囲まれて、女が笑った。
闇のように黒い衣服、雪のように白い肌、血のように紅い髪。
端正に整った容姿のその女は、狂気じみた、恍惚の笑みを浮かべていた。
そして、女に見下されるように1人の少年が床にへたりこんでいた。
彼は、家族のすべてを、女に殺されたのだ。
理由はなかった。
一人でいるのは苦ではなく、逆に誰かといるのが辛い。
穂照 海は、そんなふうに感じていた。
身寄りのない彼は孤児院で育ち、小学校に通っていた。不自由ではなかったが、幸福とは言えなかった。彼の中には、常になんらかの憂鬱がのしかかっていた。
孤児院でも彼は独りだった。
誰とも一緒にはいたくない。そんな彼に、誰もすすんで関わろうとはしなかった。
だが彼は決しておとなしい少年ではなかった。ささいなことがきっかけだった――食事中、彼の食事中を乗せたトレイに誰かがぶつかって落としたこと――。海はそれに腹を立てて、ぶつかった少年に掴みかかり、めちゃくちゃに殴った上で、フォークで首を刺そうとした。すぐに職員が集まり、海を止めたが、海は弾かれたようにその場から逃げ出した。
ある夏の夕方の事であった。
海は衝動的に、相手を殺そうとしていた。
自分でも、それがはっきりとわかっていた。
人を殺すことが悪い事だとわかっている。相手を憎んでもいない。
だが、殺そうとした。それは確かだった。
決して認めたくはないことだったが、
「自分は人を殺したいと思っている」
それは確かだった。
家族といっしょだったころは、こんなことは考えたことはなかった。人と関わるのも苦ではなかった。学校の友達とも、うまくやれていた。
変わってしまったのだ。家族が殺されたあの夜を境に。
逃げ出した海は、孤児院の裏山にある小屋で、一人震えていた。
一人なのは、誰一人として頼れる存在がいないからだ。
孤児院の子供たちや学校のクラスメイトは、みんな冷たかった。自分から積極的に仲良くしようという気になれない海を、多くの子供は、"敵だ"と思った。そして彼自身もまた、そう思った。
孤児院の大人たちは彼を問題児としてしか見なしていなかった。事実、周りからはそうとしか見えなかった。
そして、あの事件である……。
誰からも理解されることは、ない。
自分が本気で人を殺そうと思ったなどと。
理屈ではなかった。
衝動だとか、欲求と言ったほうがしっくり来る。
食べたいとか、寝たいとかと同じように、命を奪い、生き血を啜りたいと思う。
それは異様なことだと思う。
頭ではわかっていた。
それを認めてしまったら、自分は怪物になってしまう……。
父や母、弟たちを殺したもののように。
「だが被害者のままでいるよりは、加害者になったほうがいい」
「やられる前にやらないと。この世は敵だらけなんだから」
今、そんなことを本気で考えているのも、事実だった。
自分は人間でいたいのか、怪物になりたいのか。
それがわからなくて、苦しんだ。
このままじっとしていれば、やがてどうでも良くなって、欲求のままに人を傷つけてしまうようになるだろう。
そうすれば、楽にはなれるのかもしれない。しかし、その選択は何もかも失った自分に、ただ一つだけ残った大切なものを、失うことのように思えた。
選ぶならば、今しかなかった。
この小屋は主に孤児院にある暖炉のための薪を保存しておくための物置小屋なのだが、それ以外のものも保管されている。
ずっと考えていた。この小屋には、石油ストーブに使う灯油がある。
物置小屋は木で建てられた年季の入ったものだ。
だから、もし火が着いて、中にいたら死ぬしかない……。
海は、選んだ。
内側にも外側にも灯油をまき、特に扉には念入りにかけた。
逃げることができないように。
そして自分は中に入り、物置から見つけたマッチで、火を着けた。
己の残酷な欲求を、否定するために。
黄昏の空に小屋は赤々と燃え盛った。
小屋の中にいる彼の視界は、すぐに緋色の炎に包まれ、呼吸が出来なくなった。
火を前にした時特有の興奮とともに、計り知れない恐怖が彼を襲った。だが逃げ場はない。自分でなくしたのだから。やがて覚悟を決め、小屋の中でうずくまって、目を閉じた。
やがて……
気づいたら、知らない部屋にいた。
そんなはずはなかった。
たしかに自分の肌は火に焼かれた。呼吸も止まった。生き残るはずは、ない。
だが、自分の体を見てみても、火傷の跡すらない。
事態がつかめなかった彼のもとに、白衣を着た一人の中年の男が現れた。
そして、こう言った。
「君が生き残った理由は、君自身の力によるものだとしか説明がつかない」
その男はなおも語った。
あのあと小屋の火はどうやっても消せずに三日間燃え続けたこと、この世界の本当の姿こと、『ダークネス』のこと、『闇堕ち』のこと、『サイキック』のこと、『灼滅者』のこと……。
そして、武蔵坂学園のこと。
男が言うには、海は灼滅者であり、武蔵坂学園に通うことを勧められた。海自身にその気があれば、手続きはこちらでしておくとも。
海はその提案が魅力的なものであると思えた。
自分にはもう居場所がないのだから。
そして、不思議なことに、自分の中にある殺人欲求が消えていたことに気づいた。
まるで、あの燃え盛る炎によって、それが焼き尽くされてしまったかのように。
炎といえば、もう一つ奇妙な感じがあった。小屋に火を放ったあの時、ひどく恐怖していたというのに、今はあの光景を思い出しても、まるで恐怖しないのだ。あの時見た、大きく力強いあの炎、自らを焼き尽くしたはずの炎が、今は自分の中に息づいている。そう思えたのだ。
まるで理解出来なかった。
しかし、今は何の重荷も感じず、すべての事から解き放たれ、新しい世界に生きているような、そんな気分がしたのだ。
生きていたい。
家族を失ってから、はじめてそう思えた。
自分の居場所を作るために。
彼は決断した。